Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen. It is harder to crack a prejudice than an atom.

マインド・クァンチャ

森博嗣のヴォイド・シェイパシリーズの最終巻である。クァンチャ(quencher)の動詞であるquenchには、抑える、静める、消すと言った意味があり、タイトルの意味はさしずめ「心を消して、無の境地に至ったもの」だろうか。本巻で無の境地に至ったゼンの思索を中心に追ってみる。

仙人

刺客に命を狙われ、切られてしまったが、すんでのところで谷に飛び込み、山奥にすむマサイとケジロの姉弟に助けられ、九死に一生を得たゼン。しかし記憶を失ってしまう。記憶を失ったゼンだが、仙人と呼ばれる老人に「忘れたことで得るものがある」と言われ、のちにこう述懐する。

ようするに忘れてしまえば、余計な心配をしなくて済むという道理だ。心配というのは、先のことを考えて不安に感じることだが、何も考えなければ、不安もない。結果として、失うことで得られるものがあるということになる。

夢と幻

ゼンは自分が刺客に切られた際の夢をみる。また刺客に襲われた場所を訪れた際、幻の刺客と対峙し、剣を振る。そして、次に切り結ぶ時には、勝てることを確信する。それは、ただあれこれ理由を考えることを諦めたことにより得られたという思いに至る。

大事なことに気がついた一夜だったな、と思った。

大事なこと?

それは何だ。

それは・・・

大事なことなどない、ということだ。

ネイウン

傷が癒えたゼンは、マサイとケジロの家を出て、都に立とうとする。その前に11人の盗賊が現れ、ゼンは全て切り捨ててしまう。のちに、都への道すがら立ち寄った知延寺の住職ネイウンと、盗賊を切り捨てた際のことを問答する。

「ゼン殿は、もう何人も斬られましたな」彼が言った。

「以前のことは覚えておりませんが、ええ、つい先日も、十人ほどを斬りました。あれは、我が身を守るための剣であったかと、心残りがあります。

「そのうような迷いが生じるのもまた、剣の道というものかと勝手に推察します」

「なにも考えず、体が勝手に動きました。いわば無心でした。気づいたら、全員の命を取っていました」

「侍とは、元来がそのような性の者でしょう」

「不思議です。咄嗟のときはに迷わないのは何故かと」

「うーん」ネイウンは首を捻った。「何故迷わぬのか、ですか。何とも不思議な質問だ。しかし迷わぬから勝てるのではありませんか?」

住職のその返答は、自分が求めている言葉に、少し似ているような、意味が近いような気がした。

おわりに

本シリーズを通して、著者は読者に「人生の多くの悩みなんて、大したことではない。己のあるがままに生きよ」と語りかけているかのようだ。何だか重たい話のようだが、もちろんエンターテイメントとしての小説であることも忘れていない。都にたどり着いたゼンを待ち受ける運命は?。ノギとの恋の行方は?

以上


マインド・クァンチャ
森 博嗣 著
2015/4/25 初版発行

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