Common sense is the collection of prejudices acquired by age eighteen. It is harder to crack a prejudice than an atom.

本能寺の変 431年目の真実

今年のNHK大河ドラマ「軍師官兵衛」はいよいよ備中高松城の水攻め、本能寺の変、中国大返し、山崎の合戦と中盤の大きな見せ場にさしかかるところだ。本能寺の変では天下統一が見えてきた織田信長が家臣の明智光秀の謀反で討たれるのだが、その謀反の動機やプロセスには定説がある。本書はそんな定説を明智光秀の子孫が、信憑性のある文献から謀反の動機とプロセスについて解き明かすという内容である。

定説

明智光秀に関して広く知られている定説は次のようなものである。

・幕臣として足利義昭の上洛を助け、その後、信長にも仕えた。(義昭・信長両属説)

・義昭の追放後は信長を恨むようになり、天下への野望を抱き謀反を起こした(怨恨+野望説)

・光秀は本能寺の変前夜になるまで重臣にも打ち明けず一人で謀反を決断した(謀反秘匿説)

・本能寺の変が発生した時、大阪にいた徳川家康は命からがら領国の三河に帰った(伊賀越え危機説)

定説の元ネタは?

これらの定説の元ネタをたどると、信憑性の怪しい資料にいきつくと断言している。

・「義昭・信長両属説」は創作された物語である「明智軍記」さらに明智軍記をベースの細川家の正史「綿考輯録」であり根拠は弱い。

・「怨恨+野望説」は山崎の合戦に勝利し、後に天下人となった羽柴秀吉が書かせた「惟任退治記」が元ネタであり、勝者が自分に都合の良いように話を作ったことは十分考えられる。

・「謀反秘匿説」も「惟任退治記」の記述が元ネタとなっている。

・「伊賀越え危機説」は、後世の人がそのように書いていることが多いというだけである。家康の家臣がリアルタイムにつけていた日記によるとそうは書かれていない。

おわりに

本書では、さらに定説の元ネタの信憑性について検証しつつ、信憑性の高い文献を引用しつつ、本能寺の変を起こした動機とプロセスについて持論を展開していくことになる。

しかし、読後、真実はやはり闇の中という印象を持った。本書のタイトルで”真実”と言い切るのは、マーケティングとして仕方なしというところ。一方で著者が”歴史捜査”という銘打つように、文献を丹念に調べあげ、登場人物の政治的立場や背景を明らかにしつつ、本能寺の変を起こした動機とプロセスを構築しており、有力な仮説であると感じた。

以上

本能寺の変 431年目の真実
明智 憲三郎 著
2013/12/15 初版発行

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