ヴォイド・シェイパ

本書のタイトルは英語「The Void Shaper」の発音をカタカナにしたものだ。Void は無、空虚な、空(から)などの意味、Shaper は形作る人といった意味で、訳としては「無を形作る者」といったところだろうか。ストーリーは幼い頃から山奥で剣の達人カシュウに育てられたゼンが、カシュウの死をきっかけにあてのない旅に出るなか、様々な人たちとの出会いを通して、剣の道や人生の意味について自問自答しつつ成長するというものだ。登場人物の中で「ヴォイド・シェイパ」と言える人物を印象的な言葉とともに紹介する。
スズカ・カシュウ
ゼンの育ての親で剣の達人。すでに亡くなっているが、ゼンがたびたびカシュウの言葉を回想している。生と死の問答の際にはこうだ。
死を悲しむことはない。今ここにあるものが、明日なくなるだけのこと。煙も同じ、花も同じ、ここにあったかと覚えても、たちまちどこかへ消えてしまう。
また、人間の強さや弱さについてにも語る。
強さというのは、形がない。触れることもできない。ないに等しい。これはつまり、ものではないからだ。しかし、人は形になるものを求める。そこが、また弱さとなる。
カガン
山奥にある古寺の坊主。しかし剣の腕前はカシュウに匹敵する。ゼンに会って話したのは次のような言葉だ。
カシュウ殿も立派になられたことよ。貴殿を見れば、それがわかる。また、教える相手がいれば、それだけ教える方が成すものも多い。教えることは、すなわち教えられること。私が知っているカシュウは、まだまだ欠けた部分を持っていた。山に籠もり、それを最後に補われたのだ。
キクザ
人里離れた山奥で薬を作る老婆。カシュウもキクザの家に一時期、逗留し、薬を作っていた。ゼンに薬を作る理由をたずねられたくだりから展開する人生論は次のようなものだ。
薬というのは、(中略)もともとあったふうに戻す働きしかない。そう考えるわけだわな。(中略)元に戻ることができる、というのは、元に価値があると考えている。(中略)わしが言うのは、そういう価値というものはそもそもない、ということだわ。(中略)流れに逆らおうとするわけだ。まるで意味がないわな。
おわりに
森博嗣氏の著書は、ほかに「スカイ・クロラ」シリーズを読んだことがある。「スカイ・クロラ」シリーズでは年をとらないが戦闘機パイロットとして命を落としていくキルドレを通して人生とは何かを問う作品だった。本書を皮切りとしたシリーズでも同じようなテーマを扱っているが、「スカイ・クロラ」よりも直接的に読者に届くようメッセージ性が強くなっていると感じた。つづきの刊ではどのような展開になるのだろうか。
以上
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